既読のあと
友人にメッセージを送ると、すぐに既読の表示がついた。返事はその日のうちに来なかった。急ぐ内容ではなかったのに、半日のあいだ、何か気に障ることを書いただろうかと考えていた。
手紙の時代には、返事が三日後に届いても、その遅れに意味はなかった。届くまでに日数がかかるのは当然で、遅れは仕組みの側に吸収されていた。ところが、すぐに返せる手段が整うと、遅れは仕組みのせいにできなくなる。返さなかったという事実が、相手の意図として読まれうる。
ある行為が簡単になると、その行為をしないことにも意味が生まれる。電話が普及すれば連絡しないことが、記録が容易になれば記録していないことが、問われるようになる。新しい手段は、できることを増やすと同時に、沈黙を解釈する機会も増やしている。
便利さが人を忙しくするのは、作業が増えるからだけではない。しなかったことまでが説明を求められるようになるからである。返事の遅れに気をもむとき、私たちが読み取っているのは相手の気持ちより、手段がつくり出した期待であることが多い。