手描きの地図
駅から自宅までの道を、紙に描いて人に渡したことがある。描いたのは曲がり角が三つと、目印のコンビニ、それに「ここで坂を上る」という一行だけだった。縮尺も方角も不正確なのに、相手は迷わずに着いた。
精密な地図は、町にあるものをできるだけ多く載せようとする。手描きの地図は、そのほとんどを載せない。それでも役に立つのは、描く人が載せるものを選ぶとき、町ではなく相手の歩く姿を思い浮かべているからである。この角で迷うだろう、この看板なら目に入るだろう。手描きの地図に残る線は、相手が迷いそうな場所の予想を書き留めたものだ。
だから同じ道でも、渡す相手によって地図は変わる。車で来る人には駐車場を、初めて来る人には駅の出口の番号を書き足す。地図の良し悪しは、描かれた量ではなく、省いたものの選び方で決まる。
説明も同じ形をしている。分かりやすい説明とは、情報を減らしたものではなく、聞き手がどこでつまずくかを先に考えた結果である。何が省かれているかを見れば、説明した人が誰を思い浮かべていたかが分かる。